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2006年6月 9日 (金)

月刊「創」7月号を読む

 先日新聞でも報道された宮崎勤死刑囚の「死刑判決に関するコメント」が掲載されていて、おいてある本屋を探して立ち読みする。なんで、この人に興味があるのか自分でもよくわからない。こんだけのことをしておいて、またその後の言動を見ても「人」とは言えないけれど、単に「心の闇」と表現されるだけではすまない何かを、そして自分にもこういう「闇」のようなものがあってそういう何かが自分と周囲の隔たりを感じさせる原因に思えるのだ。自分は何なのか?何を想うのかということを突き詰めてゆくために・・・別に突き詰めんでもええのかもしれないけれど、そういう点で他人事では済ませられないような錯覚に陥っているのだった。
 宮崎死刑囚のコメントよりも、その後に掲載されていた論評の方がおもしろかった。宮崎勤なりに生育歴のどこかの時点で世界と自分との「ズレ」を感じていたのではないだろうか?その「ズレ」をうめようとする行動としてのビデオ収集であり、いやらし写真収集であったのだろうか?と書いてあった。そうした行動そのものが「ズレ」でなく埋め合わせととらえているのが興味深かった。自分なんかもそうなのかもしれない。周囲との一体感が感じられないのでモノに固執し続けているのかもしれない。
 買ってもよかったのになあ、でも¥600もないくらい今日は貧乏だったのだ。

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