2026年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

2026年3月24日 (火)

やっとPS4からPS5に移行する(PSVR接続と総括)

今回のPS5移行の山場、PSVRの接続について。

ネットでは「基本 接続は可能」とされている。いちばんのハードルはPSカメラの変換アダプターが、当初Sonyが無償で提供してくれていたのが 配布終了となってしまっているという事だ。ヤフオクでもAmazonでも¥1500位で簡単に見つけることができた。PS5に旧PSVRをつなぐという事にどれほどの価値を感じられるかで、高いとも安いとも言えるだろう。

Img_0617

要はPS4にあったAUXポートが無くなり、USB3.0-Aポートだけになったためにこういう変換が必要になってしまったという事だ。

Img_0618

最初、映像信号を通すプロセッサーユニットからHDMIセレクタを経由してモニターにつないだ所 映像が出ず、プロセッサーユニットから直接モニターにHDMIケーブルをつなぐとうまくいった。

Img_0619

Img_0620

ちにはバイオハザード7もあるが、あまりにもグロいので テストにはエースコンバット7のVRモードを使用

Img_0621

ちゃんと動作してくれるが、画質の向上とかは感じられない。ゲームのロード時間は若干早くなっている気がする。

外付けのドライブも買ってしまう。おかげで「ケツイ」も遊べるようになった。結局私がPS4で一生懸命遊んだゲームって{バトルガレッガ」「ケツイ」「レッドデッドリデンプションⅡ」くらいだったのだということに気が付く。

気になっていた4KUHDも再生できるようになり、ちょっと心穏やかになる。物理メディアを一つ一つ掌握するということは、自分にとっては結構重要なことなのだと思う。

せっかくなので FF14もこの機会にPS5からプレイすることにしようと思ったが、フルパッケージ版を購入しないといけないようで、これが¥8000近くするので セールが始まるまでは保留することにした。モンハンライズが値崩れしていて¥2000をちょっと切るくらい。バイオRE4も手ごろな値段のようだが、案外と中古の出回りがよろしくない。「紅の砂漠」というオープンワールドのゲームが話題になっているがいい値段する。

PS5メインでゲームしている人には825GのSSDというのはちょっと微妙な容量だ。私なんかでももう半分ほど使ってしまった。増設は必須。私は直近で遊ぶゲームだけにすればいいので当面なんとかなるだろう。SONYはやっぱりおもしろいもの作ってくれることを実感。switchとはまた違った面白さは感じている。

2026年3月21日 (土)

やっとPS4からPS5に移行する(設置編)

うちのパソコンモニターはacer製VG252QXbmiipxというモデルで、一応リフレッシュレートは165hzなので、ps5共々このモニターにつなぎたい。HDMIのケーブルもちゃんとultraハイスピードのものにしないといけないので面倒だ。何よりもセレクタをどうしようか?ネットを参考に買い物する

Img_0568

Anker製のAnker Switchというセレクタを選ぶ。評判はいい。

Img_0570

これを

Img_0571 

Img_0572

接続完了。

あと、Bluetoothスピーカーを設定しようとしたが、ps5は音の遅延がゲーム影響するという事で、一般的なBluetoothスピーカーは設定できないという事を知った。仕方なく

Img_0573

モニターから線伸ばしてスピーカーにつなぐ。金かけずにもうちょっとスマートに設定できんものか?

これで一応第2段階終了。次はPSVRを!

2026年3月18日 (水)

やっとPS4からPS5へ移行する(引っ越し編)

ずっと機会を伺っていたのだが、PS5導入する事を決めた。私がPS4を買ったのは2014年。PS4ゲームの後方互換率がほぼ99%である事、何よりも4kultra Blu-rayが再生可能である事が自分の中の最大の決め手となった。正直 ゲームはswitchで遊んでることが多い。ゲーム機としてのPS5にはあんまり期待はしていない。PS4のアッパーバージョンとして動作してくれれば 基本線満足。さらには4kultra Blu-rayを再生できるメディアプレイヤーとして機能してくれればさらに満足だ。

さて、この間中古も含め、ずっと物色してきたが 去年暮れに出た国内アカウント専用版をベースに ドライブを外付けする事にする。

Img_0531_20260318085201

箱は思ったよりもコンパクト。

Img_0532

Img_0534

本体もPS4と比べてさほど圧迫感はない。HDMIのケーブル 電源ケーブル USBCーCのケーブルが付いてくる。USBAのポートは背面に行って、正面はUSBC2つになった。コントローラーをイニシャライズするので電源を入れて 付属のUSBCケーブルで本体につなぐように言ってくる

Img_0539

Img_0537

今回の移行作業で心配なのは、ダウンロード版で買ってあるバトルガレッガがちゃんと移行されるかということ

Img_0535

指示に従って操作。wifi性能が良いのか?ドライブがSSDだからか?結構進捗が早く感じる。

Img_0547

Img_0546

Img_0555

Img_0558

任天堂のゲーム機の引っ越し手続きに比べて若干煩雑に思ったが まあまあ親切。バトルガレッガは

Img_0562

良かった!再ダウンロードできるようになってる

続く

2026年3月17日 (火)

ninjaで湯治に出かけよう

50肩とでもいうのか?左腕が2月ごろから痺れたように痛くてどうにも耐えられなくなってきた。湯治とまでは行かないが、温泉を勧められ、和歌山県の『花山温泉』というところを勧めてもらった。阪和道でも行けそうだが、京奈和を使った方が安く行けそうだ。車検も終わって調子いいんでninjaで出発する。

奈良の橿原市辺りから和歌山まで、京奈和道が昨年つながっていて とても快適だった。SAもPAもないのがちょっとしんどい。奈良県の五條を過ぎると京奈和に併設して道の駅が増えてくる。奈良側の設備の充実を期待しよう。

Img_0588

3時間ほどで到着。もうちょっと山の中の鄙びた温泉を期待していたが、京奈和道のすぐそばで町のはずれにポツンとある古めの温泉旅館。

Img_0525

Img_0523

Img_0524

ホームページには バイクも置けそうなことが書いてあったが、専用の区画はわからなかった。結構車停まってる。玄関からずーっと奥に入るとフロントがあって、入浴券販売機がある。発券して浴場へ。さらにずーっと奥に入ってゆくと脱衣場。そんなに大きくはない。

Img_0522

新聞にも紹介されたらしく、有馬温泉のような土色に濁ったお湯で金属質の匂いがする。湯温は41度ほどになっていて、これに5分ほど浸かって 次に横にある26度の源泉に2分入りこれを5回繰り返すと効果的と書いてある。源泉はどうにも冷たすぎて、肩まで浸かっているおっちゃんたちが多いが私は無理。38度という小さめの湯船もありこれを利用させていただいた。

Img_0586

Img_0587

翌朝、腕は痛いがすごくマシになっている。これはすごい!今までツーリングの目的に『温泉に浸かる』というのはなかったのだが、これはハマってしまうかもしれない。近いうちにまた行くことにしよう。

Img_0526

帰りには道の駅で和歌山ラーメンをいただいた。良い味付け

2026年3月10日 (火)

キスカの石

11月に父が他界した。四十九日の法要を済ませたのだが、その折に親族から「お父さんは前々から行ってみたいと言っていた所があって」という話があって、それが舞鶴にある「白糸浜神社」だという。なぜか?と聞くと、そこには父の兄 つまり私の叔父が キスカ島から持ち帰った「石」が奉納されているということ。叔父はもう早くに他界しており、戦時にはあのキスカ島守備隊員として参戦しており、有名な撤退作戦で日本に無事帰還した人だ とは聞いていた。その叔父が 昭和53年頃に 当時の戦友の方々とキスカ島に慰霊訪問し、島にあった神社跡の石を持ち帰り、この舞鶴の白糸浜神社に奉納したというのだ。キスカ島にあったという神社は、元々この白糸浜神社から「御霊分け」された神様が祀られていたという事で、舞鶴第三特別陸戦隊所属だった叔父としても 特別な思いがあったのだろう。

父の骨壷を風呂敷に包んで、午前9:30 弟の車で京都発。昼前に東舞鶴に着く。目的地の白糸浜神社もすぐわかった。

Img_6681

今日はかなり寒い。お参りのお年寄りが2人ほどおられるだけでひと気がない。境内をぐるっと巡るが、その「石」が祀られている様子が無い。ご近所の方に聞いてみようかと思うが、誰も出歩いていない。なんか寂しい町だ。とりあえず腹減ってきたので一旦この神社を離れて、赤レンガ記念館で昼食。

Img_0461

海軍カレーをいただいた。

食後休憩しながら 弟と情報収集。白糸浜神社については記述があっても「キスカの石」についてはネットでの記載は少ない。

Img_6682

社殿に囲いがあって施錠されており、この中にあるのかも知れない。ネットには白糸浜神社の連絡先が記載されており、ダメ元で電話をしてみる。すると「白糸浜神社です」と応答があった。要件をいうと、今から行きます との返事。しばらくして 初老の男性がやってきて下さる。ここの宮司さんらしい。訳を言うと本殿の鍵を開けてくだださる。そしてその中に

Img_6686

あった。鳴神島(キスカ)の石 が奉納されていた。

できれば父を存命中に連れてきてやりたかった。叔父の復員の時には、父は家族と汽車を乗り継いで舞鶴にまで行き、叔父を舞鶴港で出迎えた記憶があるのだと弟に話していたらしい。東宝映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』は何度も見たのだが、映画にあるように本当に毎朝毎朝 キスカの浜辺に集合して、本当に来るのかどうかわからない救出艦隊を待っていたようだ。並大抵のメンタルでは耐えられない。生還された皆さんは キスカ会 という集まりを持って のちに記録の戦記本も出されたようだ。今度はこれを探してみようと思う。

わざわざ開錠しにきてくださった宮司さんには本当に感謝します。ありがとうございました。

 

2026年3月 1日 (日)

ninja400 5回目の車検から帰る

昨年夏のオルタネーターの破損修理の事もあり、5回目の車検を通してしまった。世話になっているバイク屋でカワサキやホンダの車両が買えない仕組みになってきている事もあるし、何よりこのバイクが調子良いのでもう引っ込みがつかない。乗れるところまで乗ってやろう。

今回の改修点 細かい事ばっかりなのだけれど

Img_0502

スクリーン留のゴム製の輪っかパーツが劣化。4つとも新しいものに交換。

Img_0503

スクリーンステーを留めている六角ネジの目を潰してしまい、高さの調整ができなくなっていたのを 新品に交換。

Img_0504

スクリーン裏の留めネジが振動で脱落していたのを バイク屋の奥さんが発見してくださって 新しいモノを補充。

Img_0505

去年の夏頃に謎の虫にメーター内に侵入され、粘液とその残滓で汚れていたメーターの中身を綺麗にできないかバイク屋のオヤジさんに依頼。ninja400のメーターパーツは分解できんよ!と言われていたが、根性で表面パーツを分離してもらって清掃。これはもう感謝しかない。

その他プラグ交換などしてもらい、1ヶ月ほどの車検入院は終了。早速引き取って 道の駅 あやまへ。調子いい。もうこのバイク乗り潰す道しか見えない(笑)

道の駅にパンのコーナーができていて、美味しそうだったのでチーズ入りパンをいただく。

Img_0402

Img_0404

寒さがおさまったら 走りに行きます。

2026年2月23日 (月)

ヤマト3199 第5章う〜ん

Img_0306

すごく期待して見たのだけれど・・・

旧「永遠に」へのリスペクトもいっぱいあったし、ベムラーゼもとうとうしゃべったし。お話しは悪くないんだけれど 何かこう不完全燃焼な気になってしまう。SF的な説明やドラマを充実させてくれる以上に ヤマトっぽい浪花節加減が不足しているような気がしてならない。そう思うと 復活編はウケなかったが 理屈抜きに「ヤマト」だったなあと思うのだが。

2026年2月20日 (金)

switchオンライン バーチャルボーイペーパータイプ

Img_0272

でっかい箱が届いた

Img_0276

switchオンラインの バーチャルボーイ筐体 私は残念ながらペーパーモデルにした。本当は¥9000の方が欲しかったが置き場も無いし、段ボール組み立てなら と思ったが 箱で来よった。

Img_0301

switchオンライン、64コントローラーにも感心したが、これでバーチャルボーイをエミュレートするというのも驚いた。しかもゲーム自体 とても出来がいい。当時 PS1とサターンがリッジレーサーやバーチャファイターでしのぎを削っていたが、任天堂の「バーチャル」の答えはこれで、次世代機戦争の商売としては負けていても、いや 次世代機戦争なんて眼中に無かったのかも?改めて 開発者 横井軍平さんのアイデアとテレビゲームは「楽しい遊び」というポリシーを貫こうとした姿勢に感心する。

さらにこのアタッチメント、switchのVRタイトルにも対応しており、ゼルダ ブレスオブザワイルドのVRモードを体験させてもらった。switch2でも荒い画面だったが なかなかムードがあって堪能させてもらった。目が疲れるけれど

2026年2月 6日 (金)

HGダンバインを作る

積んであるプラモデルを減らすために、作って行く事を続けている。作る理由を作るために 近くの模型店のコンテスト出品に間に合わせるという目的を持った。これならば 年間に何作かは作って行けるのではないか?

組んで 途中で終わってるものもあり 今回はHGダンバインを完成させる。プラマックスというところから めちゃくちゃかっこいい ウエルビンが発売され これが¥8000オーバーなもので買うことができない。そのフラストレーションをこのダンバインに込めよう。

Img_0158

Img_0157

造形村の黒サーフェイサーの噴出具合がおかしくて、ダマになってしまうものがあって、これで下地を作ってみる。まあまあいい感じにオーラバトラーの体表に見えてくれた。

足の爪カバーにあたるパーツが いかにもプラモデル然としたカクッとした形に思えて仕方なかったので 240番のペーパーで削りまくって角を落とす。

基本色として 水性のダークグリーンを吹いて、乾燥してから航空機色のライトグリーンをドライブラシ。肩とかの突起部はazulというブルー系で塗って オーラコンバータに薄くパープルを吹いて完成。なんか既視感ある配色?ムック見て これってトカマク機やん!ウエルビン意識したらこの有り様。

HGシリーズだけれども 直近のガンプラみたいにはブロック毎の塗装が出来なかったり、関節のパーツが割れたり すぐユルユルになったりで それなりに苦労させられるキットではありました。

まあ このご時世、ダンバインなんかコンテスト出してくる人おらんやろう、とタカを括ってたら

ウエルビン2体、ビアレス1体、旧キット改造のバストールが1体 この人がまた上手くて ちょっとげんなりしました。

2026年1月 2日 (金)

エポック社「ドラキュラハウス」を預かる

年初 依頼を受ける。家の取り壊しをした時に古い電子ゲームを引き取ってきたので、預かってほしい。それが

Img_9908

デジコムシリーズ「ドラキュラハウス」1982年発売とされるゲーム機。前作「スーパーギャラクシアン」が1981年。ポケットデジコムシリーズになって大ヒット作パクパクマンも1982年。

Img_9909

箱の状態も良ければ、本体もずいぶんときれい。表示の状態もすごくいい。操作性はそもそもわるい。経年劣化はみとめられない。何をしたら良いのか?よくわからなかったが、右端の列にある 棺桶 を開けるために左列と中列のドットを食べる よくあるドットイートタイプのゲームかと思ったらそうだった。

Img_9910

本当にきれいな状態で保管されていたものだったので、ちょっと感動してしまった。本当に預かるだけなので(笑)

«泣いた赤鬼 をみて1年を振り返る

その筋の音楽

人間嫌いを考える本・・・

最近のトラックバック