キスカの石
11月に父が他界した。四十九日の法要を済ませたのだが、その折に親族から「お父さんは前々から行ってみたいと言っていた所があって」という話があって、それが舞鶴にある「白糸浜神社」だという。なぜか?と聞くと、そこには父の兄 つまり私の叔父が キスカ島から持ち帰った「石」が奉納されているということ。叔父はもう早くに他界しており、戦時にはあのキスカ島守備隊員として参戦しており、有名な撤退作戦で日本に無事帰還した人だ とは聞いていた。その叔父が 昭和53年頃に 当時の戦友の方々とキスカ島に慰霊訪問し、島にあった神社跡の石を持ち帰り、この舞鶴の白糸浜神社に奉納したというのだ。キスカ島にあってという神社は、元々この白糸浜神社から「御霊分け」された神様が祀られていたという事で、舞鶴第三特別陸戦隊所属だった叔父としても 特別な思いがあったのだろう。
父の骨壷を風呂敷に包んで、午前9:30 弟の車で京都発。昼前に東舞鶴に着く。目的地の白糸浜神社もすぐわかった。
今日はかなり寒い。お参りのお年寄りが2人ほどおられるだけでひと気がない。境内をぐるっと巡るが、その「石」が祀られている様子が無い。ご近所の方に聞いてみようかと思うが、誰も出歩いていない。なんか寂しい町だ。とりあえず腹減ってきたので一旦この神社を離れて、赤レンガ記念館で昼食。
海軍カレーをいただいた。
食後休憩しながら 弟と情報収集。白糸浜神社については記述があっても「キスカの石」についてはネットでの記載は少ない。
社殿に囲いがあって施錠されており、この中にあるのかも知れない。ネットには白糸浜神社の連絡先が記載されており、ダメ元で電話をしてみる。すると「白糸浜神社です」と応答があった。要件をいうと、今から行きます との返事。しばらくして 初老の男性がやってきて下さる。ここの宮司さんらしい。訳を言うと本殿の鍵を開けてくだださる。そしてその中に
あった。鳴神島(キスカ)の石 が奉納されていた。
できれば父の存命中に連れてきてやりたかった。叔父の復員の時には、父は汽車を乗り継いで舞鶴にまで行き、叔父を舞鶴港で出迎えた記憶があるのだと弟に話していたらしい。東宝映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』は何度も見たのだが、映画にあるように本当に毎朝毎朝 キスカの浜辺に集合して、本当に来るのかどうかわからない救出艦隊を待っていたようだ。並大抵のメンタルでは耐えられない。生還された皆さんは キスカ会 という集まりを持って のちに記録の戦記本も出されたようだ。今度はこれを探してみようと思う。
わざわざ開錠しにきてくださった宮司さんには本当に感謝します。ありがとうございました。































































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